人は「時給98.5円」で生きていけるか

From カナイ

フリーランスの動画クリエイターになってから、まるまる1年が経った。

突然だが、ボクの昔の話を、すこし聞いてほしい。

独立前……ざっくり2年くらい前だったと思う。

 

ボクは大学4年の頭までやった部活が落ち着いた。
3年間勤め上げた高校水泳部のコーチ業も、
高校3年生の引退とともに一線を退いた。

やることが全然なくなり、
ゼミと英語の再履修の単位を取るためだけに週1回大学に行き、

残りは就職活動に勤しんでいた。

ぶっちゃけ、就職活動は順調じゃなかった。
内定を持っている、という意味では幸せだったかもしれないが、
やりたいことではなかったという意味では全く幸せじゃなかった。

 

そんな中で見つけた、スポーツ系の動画事業のインターン募集が
ボクの人生の転機となった。

そこの会社はWebで動画メディアをやっていた、
プロサッカー選手のインタビュー動画を作っていた。

 

ボクが初めて動画作成に触れたのは、この瞬間だ。
ボクが初めてモノづくりを仕事にしたのは、この瞬間だ。

 

交通費216×2円と昼飯代850円は出る、日給1282円。
時給換算98.5円の幸せな職場だった。

すごく楽しかったし、もっと周りの役に立ちたかった。
動画を見てくれる人にもっと喜んで欲しかった。

職場にはできる人たちがたくさんいた。

テレビ局のディレクターだったり、
大手広告代理店でCM作ってた人だったり、
大手ITベンチャーのエンジニアだったり、
有名な雑貨屋のマーケティングやってた人だったり、
YoutuberだったりJリーガーだったり。

早く追いつきたかったし、早く戦力になりたかったから、
家に帰ってからも独学で動画の勉強をしていた。

寝る時間よりも動画を作ってる時間の方が大事だった。
やりたいことをやる、ってこういうことなんだろう、と思っていた。

 

そんな日々が続いたが、

好きで楽しいことをやっていたとしても、人間は案外丈夫ではないらしい。

8月のとある月曜日、朝ご飯を食べている最中に、
視界がブラックアウトした、何も見えなくなった、
耳にはキーンとした音しか聞こえなくなっていた。

視界が戻ってきたときには、
俺は吐いていたし、もらしていたし、
隣には救急隊員と泣いてオロオロしている母親がいて。

そのあとタンカで運ばれて、家からすこし離れた入院した。
毎日検査され続けたし、1週間ずっと点滴つながれっぱなしだった。

 

会社からは、心配もされたが、当然怒られた。
ボクが倒れた日、結構仕事が重なっていて忙しかったらしい。
結果的には「1週間の無断欠勤」だったので、とにかく怒られた。

すっごい申し訳なかった。

初めて自分の身体・やりたいことのバランスを考えた。
自分の働き方をめちゃくちゃ考え始めた。

 

結果、ボクは就職しない道を選んだ。
人的ストレス・環境的ストレスがある中で、週5働くのは無理だと判断した。

「そんな日々を繰り返したら、絶対にまた倒れる」
「そうしたら、就職をしないという選択以上に、親と周りに迷惑をかける」

動画をやり始めてから10ヶ月。ボクはフリーランスになった。
独立直後は「まだ大学生」という弱々しいウリで仕事をとっていた。

金なし・コネなし・実績なし・動画制作歴=現場歴9ヶ月という魅力のなさが評価され、
時給が缶ジュース1本くらいになりそうな案件や
「1000時間分の動画をタダ働きで編集してくれればまともな仕事を回すよ」などの話がきた。

 

自分の弱さを実感し、悔しすぎて泣いたりしていた。
当時お世話になっていた先輩を駅の改札脇で困らせていた。

ただ、

先輩に教えて貰ったスキルや考え方のおかげで
何をやって何をやらないの基準くらいはできていた。

その理由も言えた。だから前述した2件の仕事はしなかった。

 

卒業後、正直、仕事は全然なかった。とれなかった。

当たり前だと思う。

僕は誰も幸せにできなかった。誰にも価値を与えられなかった。

最初の数ヶ月の月収は限りなくゼロに近かった。

 

夏を超えたあたりから少しずつ仕事が入ってきた。

今まで関わってきた人・昔少しだけ関わった人とまた話してみる。
自分のやりたいビジョンの話、それに基づく今やってることの話。

共感してくれる人は多からずも少なからず、一定数いて、

嬉しいことにWebメディア運営の業務委託や

ヒカリエで行われたイベントで使われる動画や

大手人材会社とTech in Asiaの新規事業案件に関わる仕事がきた。

 

ようやく一般的サラリーマンくらいの月収はいけるようになった。
感謝される回数は、圧倒的に増えた。

 

動画を作り始めて2年。
まだ満足はいかないが、ようやく幸せになる兆しが見えてきた。

 

実は1つだけウソをついてしまった。独立した理由は就職が怖かった「だけ」ではない。

ボクがフリーランスになったのは、

ボク自身がクリエイターとして幸せになりたかったんじゃなくて、

クリエイターを幸せにするための説得材料が欲しかったからだ。

昔、高校卒業後の進路を選ぶ時に、
教育学部・スポーツトレーナーの専門学校・高卒就職の道を考えていたボクは、
親と先生に大学進学を強く勧められていた。

 

「とりあえず、大学に行ったほうがいいよ。そのあとでもいいじゃん。」

とりあえず、の意味が全くわからなかった。

 

ただわかったのは、

経験していない道を理由なしに否定する大人にはなりたくない。

 

ボクが、日給1282円の職場で感じたのは

自分の給料の安さや自分の未熟さではなく、

周囲の優秀なクリエイターの労働環境や労働条件だった

なんとかしたい、と思った。

こんなすごい人たちが、なんでこんな条件でやってんだ、とイライラした。

 

 

クリエイターたちに、今いる環境よりもいい場所を提供したい。紹介したい。

クリエイターたちに、もっと幸せになれる生き方を実現してほしい。実現させたい。

クリエイターたちが幸せになったら、いったいどれだけのクリエイティブなものを生み出してくれるんだろうか。

早く見たい。自分の身の回りが全部そうなったらいいのに。

世界中のプロダクトが全て、作った人の顔が見える形になったらいいのに。

それが一緒に仕事したり教えたり、関わったことある人だったらどんなに幸せなんだろう。

そんな想いから

ボクの理念は「価値あるモノ(者・物)に、一段上の景色を見せる」

ボクのvisionは「価値あるクリエイターを世の中に最適配置すること」

 

やりたいこと、というよりは、やらなきゃ満足いかないこと。

 

クリエイター自身が本当の意味で自己実現できることを心から望んでいる。

それが達成できるような環境を作る準備をしている。

 

まとめ

「クリエイターの働き方を知らないままクリエイターを救うなんて言ってられるか」

というごくシンプルな理由でフリーランスになって1年が経った。

ぼちぼち動き始めかな。。。

世の中に価値を与えたい・感動させたいクリエイターを幸せにするプロジェクト。

幸せになったクリエイターを介して、より多くの人たちを幸せにしていく。

 

そんな「チーム」を作っていきたい。

このサイトを作った理由。

 

 

P.S.

生粋のクリエイターさんからしたら、イライラする話かもしれないけど、

本来経営者は「クリエイターは使うもの」だと捉えている。

でも「技術しか」持ってないってそういうことだから。

雇う側からしたら、安く買い叩きたいに決まってる。

 

技術しか持っていなかったら、日給98.5円に文句の言える材料ってないからさ。
人に価値を与えているかどうかで考えたら、10円以下だったかもしれないし笑

クリエイターと一緒に変わりながら、クリエイターと一緒に幸せになりたい人がいたら連絡ください。
クリエイターの人もお待ちしています、一緒に仕事できたら嬉しいです。

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カナイのプロフィール

金井洸樹

クリエイターキャリア戦略サポーター



「価値あるモノに一段上の景色を見せる」を理念に、コンテンツ・人の魅力をMAXに引き出す動画クリエイター。イベントや講演会のオープニング演出、結婚式、オウンドメディアコンテンツなど多岐にわたる動画に携わる。


大学生の時にオウンドメディアのコンテンツ制作/運営をきっかけに、動画制作に関心を持つのと同時に、12時間以上の労働と20万円前後の月収が当たり前になっているモノづくりの環境・働き方に疑問を抱く。


幸せなクリエイターが作り出すもので世の中の人々を幸せにしたいという考えから「創り手を最適配置する」ことをMissionに、映像だけではなく幅広い知識を取り入れモノづくりやメディア運営・コンテンツ制作に関心がある学生・フリーランスの人を中心に、理想の働き方を実現するための考え方やスキルを提供している。


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